行動デザインのキャパシティ・ディベロップメントへの応用(コラム③:高木佑介)

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「新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれる[1]」、これは東京大学の学部入学式で上野教授が大学における多様性の大切さを説くなかで使った言葉ですが、それと同時にイノベーションの本質を端的に捉えています。

もしこれがイノベーションの創出に当てはまるとしたら、行動デザインという1つのシステムと何を組み合わせれば、より大きなインパクトを得られるのでしょうか?

このコラムのシリーズでは、特に開発協力に焦点を当て、行動デザインと相乗効果を生み出しうる要素について考察します。

行動デザインのキャパシティ・ディベロップメントへの応用

行動デザインの次の潮流

行動デザインの公共政策への応用については、これまで政策そのものの効果を高めることに重点が置かれてきました。政策への行動デザインの応用が進むなか、次の展開は何でしょうか?イギリスのBIT(The Behavioural Insight Team)は、次の展開として、市民と同じくバイアスや不合意といった病理を抱える組織(行政機関)そのものへの行動デザインの適用を挙げています[2]

行動デザインの組織行動への適用は、多くの機関で進んでいます。BITはこの分野の研究をしており、また面白いことに世界銀行や国連といった国際機関も自分たちの組織の効率化や組織内の取組での効果向上のために行動デザインを用いているほか、開発途上国の行政組織の改善にも活用し始めています[3][4]

これらの取組は、行動デザインが、開発のインパクトを維持するうえで重要となる組織の行動変容や組織としての学び(Organizational Learning)にも適用できる余地が大いにあることを示しています。特に、開発プロジェクトにおいて重要な要素であるキャパシティ・ディベロップメントに行動デザインの視点が役立つ可能性があります。キャパシティ・ディベロップメントのプロセスでは、ほんの小さな障害や面倒さが組織の学びを妨げてしまうことがよくあります。そういった障害や面倒を取り除くために、ナッジなどの手法が組織内でも使えるかもしれません。

キャパシティ・ディベロップメントの効果

「国連開発計画(UNDP)では、キャパシティ・ディベロップメントについて、個人や組織、社会が将来にわたって自身の目標を設定し達成するための能力を得、強化し、維持するためのプロセスと定義しています。[5]」(UNDP、2019年)加えて、UNDPは、キャパシティ・ディベロップメントは、開発の効果に強靭性(レジリエンス)と持続性をもたらしてくれる、と述べています。

開発協力の世界では、供与した施設や道具、技術が、プロジェクトが終わった後には使われていない、という話を良く聞きます。これは非常に残念な話ですが、世界中で良く聞く話でもあります。また、開発の効果を持続的なものにするために、なぜキャパシティ・ディベロップメントが必要かを良く示しています。加えて、キャパシティ・ディベロップメントは、ドナーから受益者に開発効果の「オーナーシップ」を移管する重要なプロセスでもあります。これは、開発途上国の行政機関等の組織がプロジェクトで得られた効果を、「自分達のもの」として維持・発展させていくうえで大切です。

このキャパシティ・ディベロップメントの視点は、都市間協力においても重要です。開発協力における自治体の強みは、知識や技術という要素だけでなく、長期的なビジョンや政策を立案・実行するうえでの職員の姿勢、ノウハウといった組織の能力を広げうるものを提供できる点にあるからです。

行動デザインのキャパシティ・ディベロップメントへの応用

キャパシティ・ディベロップメントの重要性は誰もが理解しているものの、現実に実施していくのは簡単ではありません。実際、開発途上国から日本に研修にやってくる行政官や公営企業の職員からは、改善策を講じるうえで組織内の能力向上が必要と認識しているものの、組織に染み付いた「怠惰さ」が障害になるといった話を良く耳にします。ここで重要なのは、学ぶ機会と実際の学びの間にはギャップがあるということです。いくら組織のキャパシティ・ディベロップメントに向けて内部で研修を行っても、学ぶ準備ができていない状況では、効果は見込めません。この事実は、人に学んでもらうことは難しく、まして組織全体が学び、能力を向上させることはさらに簡単ではないことを示しています。特に学ぶことに対する職員のモチベーションが低い場合は、研修等に参加させるためのインセンティブや動機付けが必要です。

しかしながら、人間の不合理さに目を向ける行動科学の世界において、これは驚くことではありません。行動科学の視点では、人間の意志の力や注意力は限られたものであると考えます。この点で、行動デザインの視点は、組織の学びを促進するうえで、何らかの解決策を示せるのではないでしょうか。職員を学びのプロセスに参加させ、学びへの動機付けを行うために必要なのは、ほんのわずかな介入かもしれません。例えば、研修会場にお菓子を準備しておくことで参加率を上げたり、研修の最初に集合写真を撮ることで遅刻を防げたりするかもしれません。このように、従来のナッジの手法でキャパシティ・ディベロップメントを促進させられる可能性は大いにあるはずです。

また、組織全体の能力向上においては、職員が組織の目標に沿う行動をとるよう促すことも重要ですが、この点でもナッジの手法が生きるかもしれません。世界銀行の行動デザインチームeMBeD (Mind, Behavior, and Development Unit)は、ナイジェリアの行政機関で実証実験を行い、社会規範を活用した動機付けが行政官の会計処理の正確性を高めうるとの結果を得ました[6]。また、こうした社会規範を活用したナッジの効果は、組織を取り巻く状況によってかなり異なることも分かりました。このような実証による知見は、組織の能力向上に向けて、職員の姿勢や行動に変容を促すうえで有用です。

行動デザインのプロセスで「ダブル・ループ学習」の効果を高める

キャパシティ・ディベロップメントにおける組織の学びのプロセスや効果は、Argyris氏によって提唱された「ループ学習理論」[7]で見ることができます。この「ループ学習」は、次の図のようにシングル・ループ学習とダブル・ループ学習に分けられます。

図1.「シングル・ダブルループ ラーニング」Organizational Learning Weblog (2014)[8]をもとに作成

シングル・ループ学習は、人や組織が、期待される成果と現状のギャップを埋めるために行動を修正するプロセスです[9]。シングル・ループ学習では、人は決められたルールに従って行動を修正します。一方、ダブル・ループ学習は、人や組織が問題行動の背景にある原因を特定し、その原因自体を是正するプロセスを指します[10]。このため、根本的な課題の解決を目指す組織学習には、ダブル・ループ学習が有用とされています。このダブル・ループ学習は、行動デザインを政策に活用する際に行うように、問題の背景や組織の意思決定に対する深い洞察を必要とします。

こういった類似性があることから、ダブル・ループ学習に行動デザインの視点が役立つと考えられます。特にループ学習の理論は、組織の学びのプロセスを理解するものなので、OECDが開発したBASIC[11](Behaviour, Analysis, Strategy, Intervention and Changeの5ステップで行動デザインを政策に生かす手法)のような行動デザインのプロセス型のフレームワークを活用すれば、組織行動の問題の根本を把握し、効果的な解決策を見つけ出すことができるかもしれません。加えて、根本原因を解決するヒントは蓄積されたナッジの経験から見つけることができるかもしれません。

始めに書いたように、行動デザインの組織内部への応用は、次のトレンドになると見られています。しかし一方でそのような取組の多くがまだ実験段階にあります。BITがこの分野の研究を進めているように、行動デザインの組織への応用に向け、ノウハウを蓄積し、何がどんな場面に効果的かを把握するために、さらなる研究が必要です。現在進行中の研究に注目しつつ、行動デザインがダブル・ループ学習のような従来のキャパシティ・ディベロップメントにどう活用できるのか、見極めていくことで、組織の行動変容を必要とする開発プロジェクトの効果を高めることができると考えます。

執筆/文責:高木佑介(YBiTコアメンバー/横浜市)

※本コラムは個人の見解であり、所属団体(YBiT)を代表するものではありません。


[1]上野千鶴子「平成31年度東京大学学部入学式 祝辞」〔https://www.utokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html〕(最終検索日:2019年9月23日)

[2] Sanders, M., Snijders, V., and Hallsworth, M. (2018). “Behavioural science and policy: where are we now and where are we going?” in Behavioural Public Policy Journal Volume 2, Issue 2 November 2018 , pp. 144-167 Cambridge University Press.

[3] The World Bank (2019) “eMBeD: Using the Behavioral Sciences to Fight Global Poverty and Reduce Inequality. ” [Online] Available at https://www.worldbank.org/en/programs/embed#2 [Accessed October 4th, 2019].

[4] The UNDP (2016)“Behavioural Insights at the United Nations Achieving Agenda 2030” [Online] Available at

https://www.undp.org/content/dam/undp/library/innovation/Behavioral%20Insights%20at%20the%20UN.pdf  [Accessed October 4th, 2019].

[5] The UNDP (2019) “UNDP and capacity development”. [Online] Available at https://www.undp-capacitydevelopment-health.org/en/about-us/capacity-development/  [Accessed October 22nd, 2019].

[6] The World Bank (2018). “Motivating Public Sector Workers in Nigeria”. [Online] Available at

http://documents.worldbank.org/curated/en/440211517949747866/pdf/123249-eMBeD-Nigeria-HC-Brief.pdf  [Accessed October 13th, 2019].

[7] Organizational Learning Weblog (2014). “Single and double loop learning”. [Online] Available at

hhttps://organizationallearning9.wordpress.com/single-and-double-loop-learning/   [Accessed October 13th, 2019].

[8] 同上

[9] 同上

[10] 同上

[11] “BASIC” was developed by OECD in order to guide policy makers to apply BI into their policy making.

   The OECD (2019). “Tools and Ethics for Applied Behavioural Insights: The BASIC Toolkit” [Online] Available at http://www.oecd.org/gov/regulatory-policy/tools-and-ethics-for-applied-behavioural-insights-the-basic-toolkit-9ea76a8f-en.htm [Accessed October 13th, 2019].

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