行動デザインとは

  • 行動デザインとは、人々の選択肢を奪うことなく、ただ環境を整えることで、本人や社会にとって望ましい行動をするようにそっと後押しする手法のことです。こうした考え方がブームになったのは、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャー ドセイラ―教授などの著書『ナッジ(邦題:実践行動経済学)』がきっかけです。
  • そこで、行動デザインのことを「ナッジ」(ある行動をするように肘でそっとこずくという意味) とも呼びます。
  • 何がナッジで何がナッジでないかは、具体例で考えるとイメージしやすいでしょう。そこで、ある地方自治体で従業員の健康づくりを担当し、職員食堂で健康な食事を促進しているとしましょう。
  • まず、「選択肢を奪うことなく」という点がポイントです。揚げ物やスイーツなどを食堂からなくしてしまうのはナッジではありません。また、価格を引き上げることで、予算的に手が届かなくするのもナッジではありません。
  • 次に「環境を整える」という点がポイントです。ビュッフェ形式ならば、ついついお皿に盛り付けすぎたり、お盆の上に何枚も皿を乗せて食べすぎることがあるでしょう。そこで、お盆を撤去し、お皿のサイズも小さくすることで、必要な分だけ取ってもらいましょう。
  • また、サラダや野菜料理、フルーツなどを揚げ物やスイーツよりも先に並べることで野菜やフルーツを多く摂取してもらえるかもしれません。一つ一つの提供サイズを一口サイズに小さくすることで、必要以上に食べることもなくなるかもしれません。ビュッフェ形式でない場合は、メニューのトップやボトムに健康メニューを配置したり、健康メニューとそうでないメニューを分けずに同じ欄に載せたり、健康メニューの名称や説明を魅力的にすることで、健康メニューの選択が増えるかもしれません。
  • これらは「選択肢を奪うことなく」という点がポイントです。揚げ物やスイーツなどを食堂からなくしてしまうのはナッジではありません。これらは国内外で実証され、効果が証明されたものばかりです。これらを模倣することで、選択肢を奪わず、環境を整えることで、従業員の健康な食事選択が増えることでしょう。

従来の行政手法の限界と行動デザイン

  • 従来の経済学や行政手法では、人間は合理的に行動することを前提としてきました。先ほどの食堂の例であれば、健康な食事の意義を普及啓発すればするほど、健康で適度な量の食事を選択するということです。
  • しかしながら、甘いものや揚げ物を食べすぎた経験は誰しもありますし、生活習慣病やそれに起因する病気が蔓延していることから分かるように、人間は必ずしも合理的ではありません。
  • 普及啓発以外にも、価格の上げ下げのような金銭的インセンティブ、何かを強制したり禁じたりするような規制的手法なども伝統的行政手法の例です。でも、期待するような政策効果が上がらないことは少なくありません。低迷する特定健診・がん検診の受診率、メリットが大きいのに低迷する確定拠出年金への加入、進まない災害への備えや災害時の緊急避難、税金や罰金などの滞納、利用率が著しく低い様々な行政サービスなど、枚挙にいとまがありません。
  • 人間がガンジーのような不屈の精神力、アインシュタインのような思考力、スーパーマンのような無尽蔵の体力を備えていれば、人々は始終合理的に行動するかもしれません。でも、実際の人間はそうではありません。情報があふれている、時間に追われている、金銭的に余裕がない、心身が疲弊しているといった状況では、本人や社会にとって望ましい「合理的な行動」をとることができないのが人間なのです。
  • つまり、人間には必ずしも合理的でないクセのようなものがあり、それが原因で時に本人や社会にとって望ましくない行動をとってしまうことがあります。行動経済学や社会心理学、行動科学などはそうした実際の人間のクセについて明らかにしてきました。行動デザインは、こうした実際の人間のクセを乗り越え、個人や社会にとって望ましい行動ができるよう後押しする手法なのです。

地方自治体職員にナッジが受け入れられやすい理由

  • 地方自治体で働かれている多くの皆さんは、住民と日常的に接しながら、様々なサービスを提供しています。そうした住民との日常的なやり取りの中で、ある住民の個性ではなく、多くの住民に共通する非合理的な傾向があることは痛いほどよくわかっているはずです。そのために、文字を大きくわかりやすくしたり、メリットやデメリットを強調したり、給料日直後に督促に行ったりと、様々な工夫をしてきたとおもいます。
  • 行動デザインは、地方自治体の職員が経験則や暗黙知を使って実践してきた住民の行動変容を促す工夫を、体系的かつ科学的エビデンスに基づいて提供するものです。その中には、多くの行政職員にとって当たり前のものも少なくありません。こうした理由から、住民と近い地方自治体職員にこそ、行動デザインはすとんと受け入れてもらえるのだと思います。

行動デザインの広がり

  • 2010年、英国内閣府に、世界で初めて行動デザインを専門に取り組むチームが設立されました。英国行動洞察チーム(Behavioural Insight Team)、通称ナッジユニットです。先ほど紹介したセイラ―教授の「ナッジ」を組織的に導入した初めての事例です。当初2年限定の小規模チーム(7人)で設立され、2年以降継続するためには、要した経費(2年間で約10億円)の10倍以上の効果を挙げることなどが条件として課されました。税金の督促状に社会規範を使ったナッジ(「あなたの近所の9割の方が期限までに納税しています 」というメッセージ)で大きな徴収増を達成した例は有名です。
  • こうして最初の2年間で要した経費の22倍もの成果を上げ、継続も認められました。現在では、英国政府から独立して、従業員と内閣府などが出資する社会目的会社となり、英国のみならず世界中の政府・自治体などと連携してナッジを普及させています。
  • この英国ナッジユニットの成功がきっかけとなり、現在ではOECDが認めるだけで200以上のナッジユニットが世界に広がっており、日本版ナッジユニットやYBiTもその一角を担っています。

科学的根拠(エビデンス)に基づく政策立案(いわゆるEBPM)との関係

  • 先ほど英国ナッジユニットは最初の2年間で22倍の費用対効果を実現したといいましたが、これは眉唾な数字ではなく、科学的な検証に基づいています。可能な限り最も信頼性の高いランダム化比較試験(RCT)、無理ならばそれに準じる準実験と呼ばれる実証実験の手法をつかって、伝統的な行政手法と比較した費用対効果を科学的に示したのです。
  • 英国ナッジユニットの代表デイビッド・ハルパーンは、Radical Incrementalism(抜本的な漸進主義)という言葉を好んで使います。その意味するところは、ナッジ一つ一つは小さなカイゼンかもしれないが、ナッジの効果を検証しながらカイゼンを重ねることで、最終的には革命的な改善をもたらすというものです。
  • こうしたサクセス・ストーリーを聞くと、映画マネーボールで有名なオークランド・アスレチックスの快挙やトヨタの世界一への躍進などをイメージするかもしれません。しかしながら、行動デザインとEBPMを両輪で進めることができれば、地方自治体においても同じようなサクセス・ストーリーは夢ではないのです。

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