フレームワーク『EAST』②Attractive(コラム3:津田広和)

Make it Attractive(アトラクティブにしよう)

  • 今回はEASTの二つ目の柱であるアトラクティブ(Attractive)について紹介します。多くの政策目的の達成には市民の行動変容が必要なので、行政は市民に様々な働きかけを行います。でも、市民は日々忙しく膨大な情報にさらされているため、多くの場合行政の働きかけに気づきません。また、気づいてもそのメリットやデメリットが心に刺さらず、期待する行動をとらないこともままあります。実は、私たちの脳は毎秒数千のシグナルを受け取っており、何に注意を振り向けるか、注意して処理した情報をどのように判断するか、クセのようなものを持っています 。
  • そこで、人々のこうしたクセに関する科学的な研究成果を踏まえ、市民の注意を引きつけ魅力的に感じてもらう仕掛け(アトラクティブな仕掛け)の出番です。アトラクティブな仕掛けには大きく二つあります。一つ目は市民の注意を引きつけること。市民がそもそも気づかなければ、行動変容を望みようがありません。二つ目は、メリットやデメリットをより効果的に訴え、思わず市民が行動するように仕向けることです。
  • こうしたアトラクティブな仕掛けでは、民間企業が行政のはるか先を行っています。例えばスーパーマーケットを想像してください。まず野菜や果物が色彩のコントラストで目を引き、お総菜コーナーが五感を刺激します。お鍋の素を見て鍋が食べたくなったところで、便利に加工された肉や魚のコーナーに差し掛かります。飲み物コーナーではジュースやアルコール飲料の特売が目を引き、アイスや冷凍食品の大幅ディスカウントも負けていません。レジ近くではガムやチョコレートが買い忘れないように訴えてきます。「お一人様2個限り」「タイムセール」「月に1回のポイント5倍」などのメッセージを見ると、主婦はハンター顔負けの表情です。このように、買い物客が買う必要のなかったものにまで注意を引きつけ、思わず買ってしまう魅力的な仕掛けがいっぱいです。しかも、行政にとっては悩ましいことに、ジュースやアルコール、アイスクリームなどのように健康的でない商品ほど魅力的です。
  • 市民にとって行政からの働きかけは、スーパーマーケットに何千何万とある商品のようなものです。政策という「商品」を市民に買ってもらうため、魅力的な仕掛けを行政も取り入れる必要があります。そこでナッジの出番です。色やフォント、デザインの工夫、個人名などを使って注意を引く比較的単純なものから、プロスペクト理論やフレーミングのような高度な手法まであります。ここでは、「注意を引く」、そして「効果的なメッセージ」という順番で見ていきましょう。

1.注意を引く

  • 皆さんが政策現場の最前線で働き、子どもや高齢者、福祉サービスの受給者などと接していれば、注意を引くことの難しさを痛感しているでしょう。そこで、大きめのフォントや太字、配色で工夫したり、マーカーを引いたり、ポストイットで動作指示するなどの工夫を重ね、その効果を実感している方も多いと思います。政策現場の最前線にいなくても、気の利いた同僚や部下が、旅費の申請や決裁などについて手書きのポストイットでリマインドしてくれると、思わず対応することでしょう。このように、市民だけでなく皆さん自身も忙しく膨大な情報にさらされているので、まずは注意を引きつけることが第一歩です。
  • アイルランドの歳入庁では、アンケートを市民に依頼するにあたって封筒に手書きのポストイットをつけてみたところ、返信率が19.2%から36%に上昇しました 。豪州ニューサウスウェールズ州では、自動車のスピード違反の罰金徴収督促において、封筒に「Pay Now(今すぐ支払いなさい)」のスタンプを押したところ、納付率が14~17%アップしました(同時に8千人のドライバーの免許停止と追徴も予防され、関連事務コストも削減されました。) 。
  • 写真などの画像を利用すると、より効果的です。英国では未登録自動車が25万台もあり、逃した車両税収も4千万ポンドに上りました。そこで、車両の写真を通知に載せ、「納税するか、車を没収されるか」というメッセージを記載したところ、車両登録率は40%から49%まで高まりました(なお、通知の簡素化も行いましたが有意な効果はありませんでした。簡素化(Easy)に効果がないのではなく、元々の通知のメッセージが明快だったようです。) 。
  • 個人名を用いること(つまりパーソナライズすること)で注意を引くこともできます。心理学の実験でも、騒々しいパーティー会場でも自分の名前には即座に反応することが確かめられています。英国ナッジユニットが裁判所と連携して行った罰金命令の実験を紹介しましょう。支払い命令に従わない方々の封筒に目立つように「~~さん、この通知を開けなければなりません」と記載したところ、支払い率は21.8%から26%に上昇しました。封筒ごとに異なる個人名を記入する追加コストがかかりましたが、追加徴収や事務コスト削減の合計額は、印刷コストの増分の200倍に達しました。また、個人名に加えて「徴収官が近いうちに差し押さえに行きます」と明記することで、支払いは2倍になりました 。
  • パーソナライズは個人が属する集団名でも起こります。英国で行われた医師の納税申告漏れ対策の例を紹介しましょう。一般的な追加申告要請では4%の反応しかありませんでしたが、「医師を対象にしたキャンペーン」と明記すると5倍の21%が対応しました。さらに、医師を対象にしていることに加えて、「今回対応しないと故意に脱税しているとみなします」という威圧的なメッセージ、もしくは「患者さんは医師に正直さを期待しています」というモラルに訴えるメッセージを付け加えると、それぞれ9倍の35パーセントの追加申告につながりました。こうした手法は医師以外の専門集団に対しても有効だったようです 。
  • こうしたナッジを設計するにあたっては、ナッジの対象となる市民がどのような状況に置かれているか、実際にフィールドワークを行って分析することが大切です。先ほどの裁判所の支払い命令の例では、未払い者を訪問したところ、無数の封筒が未開封のまま無造作に積み上げられ、支払い命令通知も埋もれていました。つまり、意図して支払わないよりも、そもそも気づいていないことが多かったのです。こうした現状分析を踏まえて、気づいてもらうためのアトラクティブな仕掛けとしてパーソナライズが導入されました。

2.効果的なメッセージ

  • 注意を引くことができても、メッセージが心に刺さらなければ市民は行動に移してくれません。そこで、市民を動かすために政府が最も重宝してきた政策手法がインセンティブです。補助金で特定の行動を促進したり、罰金・刑罰で特定の行動を防止するなどの金銭的インセンティブが典型です。こうした金銭的インセンティブは大変強力ですが、見せ方(フレーミング)次第でその効果は大きく変わります。ナッジでもインセンティブを重視しますが、見せ方を工夫することで、インセンティブが最大限効果を発揮することを目指します。
  • まずはインセンティブを利得と見せるか、損失と見せるか。同じ1万円のインセンティブであっても、「一万円得しますよ」というか「一万円損しますよ」と見せるかで、印象だけでなく効果も異なります。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、一般的に利得よりも損失に1.5~2.5倍強く反応するとしています 。それを実証した有名な例として、中国の工場で行われたボーナスの実験があります。成果に応じて事後的にボーナスを支払うグループ(利得フレーム)と、最初に満額支払って成果が出なければ一部返納を求めるグループ(損失フレーム)を比較したところ、損失フレームの方が生産性が1%高くなりました 。
(出所:広報よこはま南区版2019年11月号)
  • 八王子市の大腸がん検診(2018年に日本版ナッジユニット主催のベストナッジ賞を受賞)では、無料のがん検診キットを利得(「今年度、大腸がんを受診した方には、来年度がん検診キットをご自宅へお送りします。」)ではなく損失(「今年度、大腸がん検診を受診されないと、来年度、ご自宅へ大腸がん検査キットをお送りすることができません。」)でフレーミングすることで、受診率を7%ポイント引き上げることができました 。横浜市の特定健診でも同様のメッセージが使われています 。ただし、損失フレームが常に有効であるわけではありません。例えば、がんやエイズの予防では損失フレームの方が有効でしたが、運動習慣では利得フレームの方が有効だったとの実証結果がありますので、実際にどちらを打ち出すかは既存のエビデンスなどを精査しながら慎重に判断するべきです 。
  • 医師のような専門家もフレーミングの影響を免れません。例えば、「助かる確率が40%」か「死亡率が60%」かは統計的に全く同じことを言っていますが、医師の治療法の選択に影響しました 。
  • 次にくじの利用です。私たちは、確率論的な当選額よりも、最大の当選額に注目する傾向があります。そこで、金銭インセンティブの予算が有限なのであれば、全員に薄く広くインセンティブを与えるより(例:100人の対象者に100円ずつ)、くじ引きでより魅力的な利得を与えたほうが効果的でしょう(例:100人中1人に1万円)。
  • 希少性をPRするのも効果的です。冒頭のスーパーマーケットの例で紹介した「お一人様2個限り」はまさにその典型例です。行政においても、申込期間を限定したり、対象者を限定したり、受付枠を申し込み順にして競争をあおるなどの工夫をすることが可能です。
  • 効果的なメッセージは文化的影響を受けます。例えば、ごみの不法投棄を防止するために小さな鳥居を設置するのは日本ならではです。中国の裁縫工場では、床に金のコインのシール(金のコインは中国では幸福の印)を貼ることで、ごみの放置が20%減少しました 。
  • 社会的イメージや社会的ステータスも重要です。選挙への投票行動の背景には、責任ある市民という自己イメージがあります。そこで、米国の投票促進キャンペーンで「責任ある市民像」を前面に打ち出したところ、投票率が上昇しました 。他方で、スイスで郵送による投票を導入したところ、便利になったにもかかわらず一部の農村で投票率が低下しました。小さな村では有権者は顔見知りであり、市民としての義務を果たす社会的圧力が強いので投票に行っていましたが、郵送が認められ無投票でもバレなくなったことで行かない人が出たようです 。
  • 最後に、金銭的インセンティブを導入する際には、内発的動機を阻害する可能性に留意しなければなりません。人間の動機はお金などの外発的なものだけでなく、人や社会のために良いことをしたいなどの内発的なものがあります。ウリ・ニーズィー&ジョンリスト(2013)では金銭的インセンティブを導入して失敗した例が数多く挙げられています。例えば、イスラエルの保育所では、お迎えの遅刻を防止するため罰金を導入したところ遅刻が逆に増加しました(保育所に迷惑をかけたくないという動機が、お金を払えば長く預かってもらえるという対価関係に転じたようです。)。

教訓

  • まずは市民に気づいてもらえるように目立たせましょう。フォントや色、デザインの工夫だけでなく、写真などの画像を用いること、個人名などでパーソナライズすることが有効です。
  • 次に市民の心に刺さる効果的なメッセージを心がけましょう。見せ方(フレーミング)として、利得ではなく損失の強調、くじ、有限性などを使った工夫が有効です。 ・金銭的インセンティブのような外発的なインセンティブを導入する際には、内発的動機(利他性等)を阻害しないように注意しましょう。

執筆/文責:津田広和(YBiTコアメンバー)


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https://static1.squarespace.com/static/5186d08fe4b065e39b45b91e/t/5c0190b3b8a04538ba71b370/1543606452147/Wu_Paluck_2018.pdf

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