行動デザインの開発協力への応用、その機会と都市の役割(コラム①:高木佑介)

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「新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれる[1]」、これは東京大学の学部入学式で上野教授が大学における多様性の大切さを説くなかで使った言葉ですが、それと同時にイノベーションの本質を端的に捉えています。もしこれがイノベーションの創出に当てはまるとしたら、行動デザインという1つのシステムと何を組み合わせれば、より大きなインパクトを得られるのでしょうか?このコラムのシリーズでは、特に開発協力に焦点を当て、行動デザインと相乗効果を生み出しうる要素について考察したいと思います。

行動デザインと都市間協力

世界を見渡すと、行動デザインは特に地方行政のなかで取り入れられています。イギリスのナッジユニットであるBIT(Behavioural Insights Team)は、「地方の行政機関は、自らを社会の重要課題の最前線に立つ存在ととらえている。[2]」と述べています。それゆえ、地方自治体では、その課題に立ち向かうため、実際の政策現場で何が効くのか、効かないのか、行動デザインを盛んに試すようになっています。この点、理論と現場・実践が混ざり合う都市政策の領域は、イノベーションが生まれやすい環境とみることができるかもしれません。

また、見方を変えると、これはつまり政策の効き目を高めるうえで重要な役割を果たすかもしれない行動デザインの知見やノウハウが、地方行政のなかに蓄積されることを意味しています。では、地方自治体は、蓄積された行動デザインの知見をどう生かすべきでしょうか?

都市間協力への期待

行動デザインのインパクトを高めうる要素の一つとして、「都市間協力」が挙げられます。近年、国際社会において、都市の役割はますます重要になっています。国連によると、2018年時点で、世界の都市人口は55%と、農村の人口を上回っています[3]。これは、世界の過半数の人々の生活が都市の行政にかかっていることを意味します。身近な環境保全、水道・下水、ごみ問題、社会福祉など、我々の生活を形作る多くの政策が地方行政によって支えられています。また、国際社会の都市への期待は、2015年に都市のリーダーが結集し、気候変動対策への道筋を示した「パリ市庁舎宣言」[4]に代表されるように、国際社会全体の課題解決を左右する、より大きなものとなっています。

このような状況において、都市開発、都市経営のノウハウを伝える都市間の開発協力は、特に開発途上国の都市が「一段飛び(リープフロッグ)の成長」を遂げるために、重要です。実際、JICAのWebページでは、日本の自治体が蓄積してきた社会サービスの提供についてのノウハウや人的資源が、開発途上国の自治体にとって有用である、と述べています[5]。こうした考えのもと、横浜市でも、気候変動や水道、下水道、廃棄物管理、港湾といった様々な分野で積極的な都市間協力が進められています。

都市間協力と行動デザインの相乗効果

現状の都市間協力は、都市インフラの整備や維持管理、大枠の計画策定などに焦点が当てられています。横浜市でも水道システムや廃棄物管理に係る施設整備等のインフラ開発支援や気候変動対策に向けた計画策定などの協力が行われています。もちろんこれらの協力分野は重要ですが、計画から実施に移る際に、開発途上国の自治体の現場で求められるのは、ナッジに代表される行動デザインなど、小さくとも意味のある工夫かもしれません。例えば、Karlan氏 とAppel氏のレポートでは、普遍的な初等・中等教育へのアクセスを世界で達成するためには、学校を建てたり教育制度にてこ入れをするよりも、生徒に制服を与えたり、先生と生徒が教室でグループ写真を撮る習慣を設けたりした方が、それぞれの出席率、出勤率の向上に寄与し、問題の解決につながる、と示唆しています[6][7]

もしナッジの実践の知見やノウハウが地方自治体に蓄積されるのであれば、都市間協力によってそれら伝えていくことで、開発途上国の社会サービスの改善につながるかもしれません。

開発のフィールドでは、よく「最後の1マイル」という言葉が使われます。たとえ解決策が手の内にあっても、ほんの少しの障害によって社会サービスへのアクセスが阻害され、生活が脅かされる、といった問題を意味します。例えば、安全な水が入手できることと実際に水を安全に飲むという行動の間にはギャップ(行動バリア)があると指摘されています。Banerjee氏と Duflo氏のザンビアでの研究では、飲み水の殺菌に使える塩素剤が安価な価格で手に入るにもかかわらず使用しない人が多く、結果として多くの人が下痢などの水系伝染病を発症している、と報告しています[8]。このようなケースで、都市間の行動デザインの知見の共有が生かされるかもしれません。また、各都市が学びあうことにより、現場の自治体が解決策を見出すきっかけをつくることができるかもしれません。

もちろん、行動デザインを活用した介入は画一的にどこでも効果を発揮するものではなく、地域特性への配慮が必要です。ただ一方で、イギリスBITのGandy氏は、「人間の認知機能の進化の根源を考えると、世界中の人々が同じような意思決定のバイアスに影響されがち、と考えてもなんらおかしくはない」、また「私たちは、人間として多くの共通した特性やバイアスを持っている」と述べています[9]。これは、ナッジの手法やその実践で得た知見を都市間で共有することが、「最後の1マイル」の問題を克服し、開発をより効果的、効率的に行うための推進力になりうることを示唆しています。

執筆/分析:高木佑介(YBiT研究会メンバー/横浜市)


[1] 上野千鶴子「平成31年度東京大学学部入学式 祝辞」〔https://www.utokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html〕(最終検索日:2019年9月23日)

[2] Behavioural Insights Team (2019) “Local government and services”. [Online] Available from https://www.bi.team/what-we-do/policy-areas/local-government-services/ [Accessed September 23rd, 2019].

[3] The United Nations Department of Economic and Social Affairs (2018) “2018 Revision of World Urbanization Prospects”. [Online] Available at https://www.un.org/development/desa/publications/2018-revision-of-world-urbanization-prospects.html [Accessed September 23rd, 2019].

[4] United Cities and Local Governments (2015). “The Paris City Hall Declaration: a decisive contribution to COP21”. [Online] Available from https://www.uclg.org/en/media/news/paris-city-hall-declaration-decisive-contribution-cop21 [Accessed September 23rd, 2019].

[5] 国際協力機構「自治体との連携」〔https://www.jica.go.jp/partner/jichitai/partnership/index.html〕(最終検索日:2019年9月23日)

[6] Karlan氏 とAppel氏のレポートにあるインドの事例では、教室で先生と生徒が写真を撮り、NGOに送ると、それが教師の出勤の証拠として扱われ、給与に反映される、といったナッジとインセンティブを組み合わせた手法がとられています。

[7] ディーン・カーラン、ジェイコブ・アペル(2013)『善意で貧困はなくせるのか?―― 貧乏人の行動経済学』(清川 幸美訳)東京:みすず書房.

[8] アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ(2012)『貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える』(山形浩生訳)東京:みすず書房.

[9] Gandy, K,. (2019). “Using behavioural insights in development”. Apolitical. Available at: https://apolitical.co/fieldguides/article/using-behavioural-insights-in-development/  [Accessed September 23rd, 2019].

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